＊ ページ32
*
考えてみたけれど、ピンとこなかった。
「Aさん、今はその時ではないかもしれませんが、いずれ貴女にも何よりも優先したいものが出てくるかもしれません。その時に、また読み返してみてはいかがですか？」
『え……』
「書物の良いところは、いつまでも残るところです。いつかまた必要になる時までお手元に置いておくのも、いいと思いますよ」
ニッコリと微笑んで、エーミールはカップに口を付けた。
Aは、再びじっと表紙を見つめる。
タイトルを指でなぞり、ポツリと呟いた。
『私の……知らない気持ちが書いてある本……』
「良い指南書になりそうですね」
巷の乙女達は、きっとこの本に共感して気持ちを共有するのだろう。
いつか彼女達と同じ気持ちが持てたなら。
その時は、また読み返してみよう。
きっと、今より違う感想を持てるハズだから。
「時にAさん、チーノ隊長のことはどうお思いで？」
『へ？』
突然出て来たチーノの名前に、Aは素っ頓狂な声を出す。
ニコニコ微笑みながら答えを待つエーミールに、流石にAも意味を察してしまう。
『とても頼りにしている、というお答えではダメでしょうか』
「私もぶっこんでしまったと反省していましたが……もっとハッキリ質問した方が良いですか？」
『い、いえ！！大丈夫です！！』
やはり間違っていなかったか……。
Aは少しだけ顔が熱くなるのを感じながら、口を開く。
『チーノさんは、素敵な方です。お優しいですし、いつも私の事を気にかけてくれて……』
「そうですね」
『男性としては……』
口にした途端、ドキッと心臓が跳ねた。
いつもより速い鼓動、上がる体温。
変化した体調に、Aは言葉を飲み込んだ。
以前、同じようなことを感じた気がする。
あれは確か……誘拐事件の後、チーノの顔を見た時だった。
本で何となく得ていた知識であったが、この特定の人物に対して生じる体の異変。
もしや……自分はチーノに恋をしているというのか。
『え……』
「Aさん？」
『ま……まだ、分からないです……』
突然繋がってしまった点と点。
これが確実なものかどうか、確かめるのはまだ先になりそうだ。
「(チーノさん、先はまだ長そうですよ……)」
未知の感覚に困惑している彼女を前に、エーミールも静かに同僚へ想いをはせるのであった。
*
続く
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作者名：双葉ちほ | 作成日時：2021年7月3日 22時
