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『初めて、ここに書かれている女の子の気持ちが分からないまま、物語が終わってしまったんです』
「おや……」
『彼女は、１人の男性のために自分の何もかもを捨てる覚悟でした。友人も家族も……１人になってまで、彼のために……』
「Aさん……」
『そこまで誰かを想えるなんて……私には、想像できなくて……』
尻すぼみになっていく彼女を見て、今度はエーミールが不思議な表情を浮かべる番だった。
たった１人の男性軍人に感謝の気持ちを伝えたいからと、寝る間も惜しんで言葉を学んだのは？
彼のように寂しい思いをするような子供がいないようにと、自ら教会へ足を運んだのは？
丁寧な仕事ぶりと確かに身に着けた知識で、国軍兵達から信頼を得たのは？
異国の地で慣れないながらも、孤軍奮闘していたのはどこの誰なのか。
それは、ついさっき自身が読んでいた主人公のソレと何が違うのか。
目の前にいる彼女には、どうやらその自覚が無いようだ。
「(一体、どうしたものでしょう……)」
自分が向ける好意すら自覚が無いということは、きっと向けられている好意になど一切気づいていないのだろう。
それでは、あまりにチーノが可哀そうだ。
「Aさん、誰かのために頑張りたいという気持ちが分からないわけではないでしょう？」
『それは……はい』
「その本の主人公も、きっと同じ気持ちだったはずですよ。ですが、彼女は場合はそこに尊敬や信頼だけでなく、性愛が絡んでいただけで」
エーミールの言葉に、Aは小さく首を傾げた。
やはり、まだ彼女には分からないだろうか。
少々強引かと思ったが、エーミールは続ける。
「彼に触れるために、彼女は他のものを捨てる必要があった、ということですかね。つまりは、天秤にかけたわけです。彼か、自分の持っている大切なものか」
『……どちらかを諦めくてはいけなかったから？』
「そうです。彼女は彼を優先した。そのために、きっと多くの努力を重ねたんでしょう」
『……』
自分の大切な何よりも、触れたいと想う相手。
彼に会うためには、自分を変える必要があったんだ。
だから、彼女は心が折れそうになりながらも頑張ることができたのか。
『(それは、ちょっと分かるかも……)』
大切な人が、行動のエネルギーになる。
その感覚は、Aも何となく分かる気がした。
もし、自分も大切な何かを天秤にかけるようなことになったら。
その時に、彼女と同じような選択ができるだろうか。
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作者名：双葉ちほ | 作成日時：2021年7月3日 22時
