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ペラ…ペラ…と控えめに紙の擦れる音が響く。
穏やかな昼下がり、差し込む光と本に囲まれた静かな空間でAは本の中に吸い込まれていく。
平凡な家庭に生まれた少女は、ある日を境に貴族の青年に想いを寄せる様になる。
身分違いの2人は民衆の目から逃れる様にして、逢瀬を重ねる。
隠れて身を寄せ合い、互いの気持ちを満たしていく。
しかし、2人の関係は民衆にバレてしまい、離れ離れになってしまう。
愛する人と会えなくなってしまった少女は嘆き悲しむ日々が続く。
それでも、青年への気持ちが冷めることはなく、それどころか更に燃え上がっていく。
ついには、少女自身が青年のいる場所へ赴くようになる。
無謀な訪問ではなく、知恵と工夫を凝らし正式に門を叩けるように。
彼女の努力は実を結ぶこととなり、2人は再び手を取り合うことができた。
最後は熱い抱擁を交わす2人を、民衆が温かく迎えることとなった―――。
パタン、と本を閉じた所で、エーミールがひょっこり顔を出した。
「終わりましたか？」
『エーミールさん！』
Aが慌てて窓の外を見ると、すでに日が傾き始めていた。
辺りはオレンジ色に染まっていて、いつの間にか随分な時間が経っていたようだ。
『すみません！私ったら、つい夢中に……』
「いえ、いいんですよ」
そう言いながら、エーミールは手に持っていたカップを差し出す。
白い湯気を立てているカップからは、茶葉のいい香りがした。
「せっかくですから、本の感想を聞かせていただけますか？」
『え……』
「貴女がそこまで夢中になる本は珍しいですから。私も気になってしまって」
２つ持っていたカップのひとつを手にしながら、エーミールは微笑んだ。
Aと向かいの椅子に腰かけると、目線で彼女に続きを促す。
Aはカップに映る自分を見つめながら、ポツポツと話し出した。
『……行商人の方から、人気の本だとお聞きして譲っていただいたんです』
「へえ。それは良いですね」
『切なくて、それでいて燃える様な男女の恋心が魅力の、恋物語だと』
「それはそれは、素敵じゃないですか」
『確かに、切ないお話でした……大好きな人と離れ離れになるのは、辛いですし……』
「……Aさん？」
浮かない顔のAに、エーミールは思わず彼女の名前を呼んでしまった。
すると、彼女はゆっくり顔を上げ少し困った表情でエーミールを見つめた。
『エーミールさん、私初めてです……』
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作者名：双葉ちほ | 作成日時：2021年7月3日 22時
